Beyond the Silence

Sound of Science

日本の研究競争力についての一考察

Weekdayブロガーの漣です。週末はやることが多くてどうしても平日通勤時間/深夜中心の更新になりがち。毎日更新など夢のまた夢ですね。継続されている方々には頭が下がります。

さて、数日前の下記ホッテントリと、それに関連したwattoさんの記事にインスパイア (笑)されて今日も頭を整理しつつぶちまけます。

blog.goo.ne.jp

www.watto.nagoya

 

 

自分は日本にいたときの立場は大学院生やいち臨床医で、こちらでも一介のポスドクなので巨視的な目線からは何も言えないのだが、lonelypenpenさん (下記リンク)が言われるように研究費のパイが小さくなったということが最大の問題だと思われる。その結果起こったこととして若い研究者の長期雇用がなくなり、常勤職をゲットしない限り5年で解雇されるようになった。wattoさんの考察に加えて何かが言えるとするならば、もちろん研究者自体の雇用も激しく大事だが、あえて技術職員の5年雇止め問題を挙げたい。日本の研究環境の深刻な問題にも触れる。

 

参考

研究費と論文の数と質 - たおやかな生活を希望して

BioMedサーカス.com - 医学生物学研究の総合ポータルサイト

 

テクニシャンとは

ラボには教授やPI (principal investigator)を筆頭に、大学であれば准教授・講師・助教などの、研究所であればプロジェクトマネージャ的な立場の常勤研究員 (任期はあったりなかったり)がいて、非常勤研究員扱いの任期付きポスドクがいて、博士課程・修士課程の院生、undergraduateの学生がいる。いわゆる研究者はこのような階層になっているが、それをアシストし、時には誰よりも働くのが技術補佐員、いわゆるテクニシャンである*1

テクニシャンは動物や備品の管理、試薬作製など多くの雑用をこなしつつPIその他の実験補助を行うのが業務で、こちらではラボマネージャとも呼ばれる (テクニシャンが複数いるラボはリーダー格の人がマネージャになる)。まさにラボの核であり、その優秀さでラボの長期予後が決まると言っても過言ではない気がする。本来は頭脳労働者であるPIやポスドクがその能力をフルに発揮するためには、同等もしくはそれ以上の技術をもつテクニシャンがいることが望ましい。しかしながら以下の記事

www.natureasia.com

にもあるように、どこの国でも研究費は縮小傾向にある。そのしわ寄せがまずいくのがテクニシャンなどの人的資源なので、テクニシャンよりも安い労働力である学生・院生・大部分のポスドクが、その業務を肩代わりすることになる。日本の大学院は最初からそういう構造になっているし、海外でも似たようなラボはたくさんあるだろう。

 

5年雇い止めの何が問題か 〜日本の場合〜

カネ (研究費)さえあれば解決する問題かというと、我が国の場合そうではない。長く勤めているテクニシャンは生き字引のような存在で、新米研究者や新人補佐員に実験を教えたりすることも含め、文字通りラボの大黒柱。日本ではパートタイムの補佐員が有期契約を繰り返し更新しているケースが多かったと思われる。ところが・・・

www.mhlw.go.jp

平成25年に改正された労働契約法。有期契約を繰り返し更新して5年以上勤続すると無期契約にできるという、一見労働者に有利になるかのような変更点だが、実際は逆。5年経つ前に解雇すればずっと雇わなくていい、という判断になるケースが多いだろう。常に変動する研究費の性質上、任期のない契約を多数抱えることはリスクになる。

ただ、自分がいた大学では平成25年以前から、事務補佐員や技術補佐員は5年を超えて契約を更新することができない決まりになっていた。独法化が関係しているのかもしれない。そういう事情があって、今ではラボの大黒柱たるテクニシャンを育てることもできなくなった。自分のいた研究室は2名の補佐員がいたがラボの根幹となる技術を習得した頃に雇い止めに遭い、結局教授自らが手を動かしていた。5年ごとに入れ替わる実働部隊の教育コストは馬鹿にならないし、PIが業務に忙殺されてその頭脳を活かせない。

この問題は始まったばかりだから、その影響は今後本格的に出てくるものと思われる。日本の大学の研究競争力は今後加速度をつけて落ちていくのだろうか?

 

医学部固有の問題

さらに掘り下げてみる。メンバー全員が研究にエフォート100%を割けるような基礎系の研究室ではなく、いわゆる医局、臨床の研究室の話。大学に勤務する医師は教育・研究・臨床がその業務とされる (給料は大学の先生と同じ)。研究ばかりで患者を診ない医師も中にはいるが、ほとんどは臨床に60〜99%*2の労力を割いているはずだ。その状況で一流紙に論文を出せるような医局には、かなりの割合で強力なテクニシャンがいるのではなかろうか。院生をタダ働きさせるところも少なくはないだろうけど・・・。

臨床医が研究をすることの意義は別の機会に書こうと思うが、一言でいうと現場感覚。医学の力がおよばない疾患に対してそれを克服しようとすることが研究の駆動力となるので、学問を追究する基礎の研究室とはひと味違った視点が得られる。5年の雇い止めは、医局の研究力*3をも直撃する。医学部の有無で論文の本数を比較した検討からも、臨床の研究室がそれなりに日本の論文生産力を担っていることが推測できるので、それが失われつつあるという視点も必要かもしれない。

 

どうすべきか

PIでも何でもない自分の視野から見える範囲は低く狭いが、

1.金

2.5年縛りをなくす

に集約されると思う。潤沢な研究費があって常勤スタッフとしてテクニシャンを雇用できる一握りのラボはやはり強い。裾野が広いと山も高くなるので、理想をいえばたくさんのラボがテクニシャンを持ち (そして多くの研究員を雇用して!)研究をdriveしていくことが望まれる。GDPも伸び悩む中、科学研究費に巨額の投資を続けることに異論も出るだろう。が、仮にも科学技術立国を謳うのならば、そこは惜しむべきではないと思う。日本がまた経済成長してくれれば最高なのだが。

優秀なテクニシャンはラボの宝なので、非常勤でも5年を超えて契約できるようにしてもらいたい。育児中だったり育児が一段落して仕事に復帰する世代にとっては常勤よりもパートタイムのほうが良いケースもあるので。優秀でない人材を解雇できる流動性も必要だが、それはまた別の話??

 

現場からは以上です。おやすみなさい。

 

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暖かくなった後に冬が戻ってきた感じの寒い朝。この日体感-15℃。Nikon D40 + NIKKOR DX 16-85mm

*1:多くの場合彼/彼女らの名前が論文の著者欄に載ることはない、縁の下の力持ちである

*2:個人的な印象です

*3:この場合、臨床研究ではなく臨床家が行う基礎研究